2020年2月3日
小豆島マルキン醤油の歴史と観光地の紹介
小豆島で有名なマルキン醤油。マルキン醤油は日本国内でも高いシェアを誇る醤油企業です。しかし、マルキン醤油に関する歴史について詳しく知っている人は少ないのではないでしょうか。実際、マルキン醤油は長い歴史を持っているため、読みきれないほどの情報が出てきます。今回は、マルキン醤油の歴史とマルキン醤油にまつわる観光地を紹介していきます。
小豆島へ旅行に行く予定のある方やマルキン醤油に興味のある方は、ぜひ最後までご覧ください。
小豆島醤油の始まり
醤油の始まりには諸説あると言われていますが、きっかけは醤づくりだと言われています。 醤づくりをしている際に味噌が生まれるのですが、そこから出てくる液体が醤油になったと言われています。実際に醤油が本格的に使われるようになったのは江戸時代以降と言われていて、関東で濃口、近畿で淡口の醤油が誕生しました。
さらに、醤油が広く知られるようになったのは明治時代です。明治時代以降は機械化が進んだことによって醤油が大量生産されるようになりました。そして、大量生産されたことにより、戦後は醤油が全国的に広がるようになりました。
マルキン醤油の歴史
ここまで小豆島の醤油の始まりについて解説したので、ここからは実際にマルキン醤油の歴史について話していきます。
マルキン醤油の起源
マルキン醤油は1907年に島の有力醤油醸造家8名によって創業されました。マルキン醤油が誕生した理由は小豆島の醤油を全国に広めたかったからです。当時小豆島には醤油用の試験場があり品質も高かったのですが、個人の資本では関東の優良企業に勝てず困っていました。
そこで小豆島で醤油業を営んでいた経営者たちが、小豆島の醤油を広げるために力を合わせて作られたのが、このマルキン醤油です。その後、マルキン醤油は醸造試験場があることを利用し品質向上に努め、当時軽く見られていた広告宣伝にも力を入れるようにしました。
戦後に進んだ機械化と協同化
戦後日本の物価は高騰し醤油業界も減量を手に入れることが難しくなりました。原料の値段の高騰と同時に、全国の醤油企業では大量生産を目的に機械化が進みました。それによって醤油の値段が全国的に下がるようになりましたが、機械を投入するほどの資本がない小豆島の醤油業者は経営困難に陥りました。
資本不足により小豆島の醤油業者は協同工場を行うようになっていきましたが、マルキン醤油も小豆島にある大手業者と協同するようになりました。
マルキン醤油にまつわる観光地(マルキン醤油記念館)
小豆島を代表するマルキン醤油が大正初期に建てた記念館。1996年には有形文化財として登録され、小豆島の醤油の歴史や職人たちが昔使っていた道具などが展示されています。この記念館ではマルキン醤油の記念化限定の商品もあるので、小豆島の醤油に興味のある人にとってとてもおもしろい記念館となっています。
【基本情報】
住所:〒761-4421 香川県小豆郡小豆島町苗羽甲1850
料金:大人210円(160円)、小人100円(70円)※()は15人以上の団体料金です。
営業時間:9:00〜16:30(7/20〜8/31)9:00〜16:00(10/16〜11/30)
公式サイト:http://moritakk.com/know_enjoy/shoyukan/
小豆島に行く際はぜひマルキン醤油記念館に立ち寄りましょう
マルキン醤油記念館は小豆島の中でも有名な観光地として知られています。さらに、記念館の周辺には多くの醤油にまつわるお店もあるので、長時間楽しむことができます。一度行ったことがある方でも今回の記事を読み、小豆島の醤油に関する歴史を熟知した状態で行くと、以前とは違った気づきがあるのでぜひ行ってみましょう。
歴史、観光名所巡り好きでいつもカメラを持ってる歴史オタク男子。小豆島の歴史や観光スポットに関する記事を書いています。